暮しの中の仏教語 第206話
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-----------------暮らしの中の仏教語 第206話---------------
*******今回のお話は「帰家 帰舎 帰真」*********************
毎月10.20.30日発行
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第206話 通算865話 帰家 帰舎 帰真
最近、一人暮らしの人が増えてきました。
家屋はあるのですが家庭はなく、
「お帰りなさい」と言ってくれる人がいません。
英語で言えば「ハウスはあるけどホームはない」
ということです。
人間の「家」は、動物の「巣」にあたります。
夫婦とか親子という家庭が形成されていない巣は、
単なる「ねぐら」でしょう。
今や此の塒(ねぐら)さえ持たない人まで出現し、
ホームレス(ハウスレスなのに)と呼ばれているようです。
皆様は帰る所がお有りですか?
帰ったとき「お帰りなさい」と言ってくれる人は
居らっしゃいますか?
さて、
私達動物には帰家性・回帰性・帰巣性
などと呼ばれる本能があり、
「帰る所が有る」という事がとても重要です。
帰る所つまり家に帰っていつもの場所に座ると、
何故かホッとしますね。
この事を帰家穏座(きかおんざ)と言います。
仏教語としての帰家穏座は、
「人間が生まれながらに持っている仏性に帰って安住する」
ことです。
帰舎も宿舎に帰る事ではなく、
「本来の自分に安住する」ことですし、
帰真も「真のところに帰る」ことですから、
帰家・帰舎・帰真は同じ意味だと言えるでしょう。
私達が帰るべき元々の所は「真如の世界」です。
仮の世の家など無くても、愁えることはありません。
この世の家を失っても、真如の世界に帰れば、
「お帰りなさい」と言ってくれる方が居らっしゃることを
知りましょう。私達をこの世に送り出した方々です。
真如の世界にいらっしゃるご先祖様・仏様が、
この世に生きる私達を見守り、
励ましている事を自覚しましょう。
住処のどこかに仏様をまつり、
仏様に向かって「ただいま」と言ってみて下さい。
きっと「お帰りなさい」と言ってくれるでしょう。
また出かけるときは「往って来ます」と言って下さい。
「往って来っしゃい」と送り出してくれるでしょう。
励ましてもくれます。
仏様と歩む人生に孤独はありません。
終わり
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編集後記
皆様は旧暦と新暦を、
どのように使い分けていらっしゃいますか?
今年の元旦は先負でした。
旧暦に徹するなら、元旦は必ず先勝です。
旧暦の元旦、つまり新暦の2月7日の六曜で確かめて下さい。
新旧の組み合わせ方で、変な日が出現します。
迷信に振り回されないように致しましょう。
仏法に耳を傾けていれば、よい1年が暮らせると思います。
今回もこの原稿をお読みいただき、ありがとうございました。
A.K.
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